ザントファルツ

◆戦略拠点としてのザントファルツ

砂の都、ザントファルツ。
南方ディエクスの大渓谷から連なる、支龍脈の一本に隣接した都市国家である。

大渓谷の地下火山から放出される温室効果ガスと、他国との境界に位置する高山が生み出した閉塞的な気候によって、気温が高く、降水量も少ない、石と砂ばかりの僻地として知られている。

元々は、希少鉱石(宝石類)を産出、加工するために、いくつかの商隊が合同キャンプとして築いた拠点が、都市の原型である。そのため、ザントファルツの有権者は常に商人。統治統制も、それら有権者の集まりである"通商ギルド"によって執り行われている。

かつては王国と陸路で接続されており、貿易によって栄えていたが、五年前の"変容"によって国民の多くが死に、王国との国交も断絶。現在では、ディエクスをはじめとした連合国を相手に交易路を設けている。

希少鉱石の産出はストップしたものの、代わりに、未知の戦略資源と成りうる鉱物の発見が続いたことが、ザントファルツの復興を助けた。当然、それらに関する研究が最も進んでいる場所でもあり、戦時下の世界において、最も重要な拠点のひとつになっている。

◆砂の都と学徒巫女

数百年前、開拓のためにこの地を訪れた商隊キャンプには、アルベルタという名の少女がいた。後世の研究によって、彼女は"学徒巫女"と同様に、異界の智慧を有した存在であったということが判明している。当時から、アイエンティによる学徒巫女の収集、収容は行われていたようだが、彼女はその"取りこぼし"であったのだろう。

彼女は、この世界に存在するどれにも似て、どれとも同一でない未知の言語を操ったことから"異国語り"と呼ばれた。彼女がどのような理由で商隊に参加していたのか、今となって知る術はない。

しかし、古い採石場で発見された当時の記録によれば、希少鉱石を鑑定した者、また、その加工方法を教えた者が、このアルベルタであったとされている。

"ザントファルツ"という名前に相当する意味が、この世界の言語に存在しないことから、この都市の名も、彼女が定めたものであるという説が有力である。

彼女の与えた恩恵によって、最初の商隊による開拓は成功した。そのためザントファルツでは"異国"…つまり異文化や異種族、異民を好んで受け入れる傾向が生まれ、後の商業大国として大成する下地のひとつになった。

そして現代。
ザントファルツの商人たちにとって、未知の学問を司る学徒巫女たちは、国母アルベルタの再来を予感させるに十分な神威を有している。

"変容"によって多くの商人、そして労働力を失った通商ギルドが、その復興のために、彼女らの力を頼るべきだと考えたのは当然だろう。

そのため、ザントファルツには"巫女寮"と呼ばれる施設が存在する。

これは、さる豪商"黒ひげ"と呼ばれる人物が、アイエンティと結んだ契約によって建設したものだ。巫女寮とは、学院を卒業、またはやんごとなき理由によって出奔した巫女を保護する場所であり、また、その"知識"に値を付け、彼女らが独力で生きていくに十分な対価を支払い、その恩恵を得るための商店でもあった。

◆砂の都の商人

ザントファルツにおける商売は全て、通商ギルドの許可と監視の下、厳正に執り行われる。この国において商売は興国の所以であり、国の血肉を潤わせる神聖な行事である。

よって、競売場に暴力を持ち込む他、公正さを損なわせるような行いには、即刻の国外退去、あるいは死罪が科せられる。この刑を執行するのは"渦に翼"の紋章を持つ、"商売と契約の誠実さ"に仕える騎士であり、いずれも、各国の精鋭に引けを取らない程の武勇を備えている。

"傀儡戦争"の開戦当初、王国との交易によって成り立っていたザントファルツは、連合軍への加盟を拒否、中立の姿勢を示した。しかし、後に王国との国交が一方的に断たれたことによって、周辺諸国から孤立。

連合軍への加入が遅れたことで駐留兵力が数少なかったこともあり、ザントファルツは王国陸軍による強襲を受ける。

この強襲を退けたのは、"渦に翼"の紋章を持つ、ザントファルツの豪商たちであった。彼らは砂漠の地の利を活かし、時に冷たい夜の闇に紛れ、時に灼熱の昼を駆け、円月刀の煌きを以て、侵略者を一人残らず、砂の底に沈めた。

ザントファルツにおける商人とは、
商業の信奉者、契約の履行者であると同時に、
忠国の守護者でもあるのだ。