アリシア・アナコンダ


プロフィール

――"神職者を殺す毒"の基底鉱石、アンチモニーの識者

すらりと伸びた手足と長髪、そして切れ長の目。
見る者に"捕食者"の印象を強く与える、スレンダーな少女。

"学徒巫女(オラクル)"としてはたいへん珍しい「王国」の出身者であり、
その適性を見出したのは、彼女を貧民街から買い付けた奴隷商だった。

アイエンティの学院に召集されるまで、まともな教育を受けていなかったらしく、語彙力が乏しく、また偏っている。

そのため、初めて会話した者は彼女に対して、粗野で性酷薄な印象を受けるかもしれない。
しかしそれは、乱暴だった父の影響による、彼女の語調に限った話であって、
彼女自身の性格は、恵まれなかった己の半生を省み、人の痛みと悲しみを共感できる、優しく、聡明なものである。

しかし、物事の形容詞としてドブだのゲロだのクソだのと薄汚いワードを連発するため、
その度に他の巫女たちから口を塞がれている。

ザントファルツの巫女寮では、巫女たちをまとめる寮長を務めており、信頼はとても篤い。
一方、自室では小さなネズミを飼っているのだが、まったく懐かれていない。
彼女がまとう"捕食者のオーラ"が原因だろう。

STORY

懐かしい夢を見ている。
ああ―――、これは離別の夢だ。

"傀儡戦争"が始まるより前。
王国はその表面上、豊かな土壌と「教団」がもたらす宗教資本によって、諸国が羨む「楽園」だった。しかし、その強烈なまでの栄光の裏、そこから追放された者らの住まう「影の国」もまた色濃く、鮮明であった。

かつてアリシアの父だった男は、愚鈍、幼稚、そして矮小。
そういった言葉のよく似あう、ひどくつまらない小男だった。

妻や幼い子を持ちながら、くだらない理由で犯罪に加担し、露見し、職を失った。
いや、あるいはその愚かさゆえに、仲間に謀られたのかも知れない。

問題は、彼が加担してしまった犯罪が、教団の聖遺物にまつわるものだった、ということだ。
「侵すべからじ教義」に背いた者は、そのことごとくが教団の庇護を失う。それが意味するところは、貧民街への追放である。

酒と薬、そして博打。退廃的な快楽のすべて。「楽園」には存在しなかったものが、しかし「影の国」にはあった。ゆえに追放者はみな、溺れるようにして、その闇へと沈んでいくのだ。

裕福に生きる他には何も知らなかったアリシアの父が、その愚かさによってすべてを失い、やがて自暴自棄に至るまで、大した時間はかからなかった。

母が身を粉にして稼いだ僅かな金は、父の酒代に消えていく。より安価な土地へと、引っ越しを繰り返すにつれて「楽園」は遠ざかり、影はその濃さを増していく。

アリシアには姉がいた。

彼女は利発で、敬虔で、そして何よりも「教義」において神聖視される、白く透明な髪を持っていた。父の愚行さえなければ、やがて神職を授かる予定だったという。そんな姉を、父も、母も、すがるようにして愛した。やがて彼女が、自分たちを「楽園」に連れ戻してくれると信じていた。

姉が両親にとっての希望の光なら、アリシアはその影だ。

貧しくなるほど、アリシアに与えられるものは減り、やがて、僅かな日が射すばかりの屋根裏のみが、アリシアの居場所になった。時には食事すら与えられず、そんな夜、父と母は、アリシアを「存在しないもの」のように扱った。

月夜の晩、嗚咽に背を揺すられながら、アリシアは思い出す。
「楽園」に住んでいた頃を。

都の祭事で、父に買ってもらった絵本。
母が編んでくれた、姉とお揃いの手袋。

それも今では売り払われて、どこかの誰かのものだ。
どうして、と泣きじゃくるのにも疲れた頃。
アリシアは理解した。

人は変わる。
生きるための財が、満ちるための財が、
僅かに欠けるだけで、人は変わる。

そして私が忘れ去られてしまったのは―――、

―――私が、"金の成る木"ではないからだ。

その時、
ふと、視界に駆け込んできた小さな影に視線をやる。

ネズミだ。

この屋根裏に来てからもう何度も、彼の姿を見かけている。
もしかすると、ここは元々"彼の場所"だったのかも知れない。

彼はいつも、この場所で食事をするようだ。
今夜もその手には、チョコレートのかけらが抱えられている。
この広大な国のどこかから、かすめてきたのだろうか?

だとすれば彼は強く、そして自由だ。
生きるために、一切の財を必要としていない。
その姿は泥土に汚れながらも、尊厳に満ちているようにすら感じられた。

いいぞ、この国を食いつくしてしまえ、と。
アリシアは心の中で悪態をつく。

ここにお前たちの天敵はいない。

―――"しっぽを噛んだ蛇"はいない。

"蛇"というのは、空想上の生物である。
手足がなく、細長い胴体をしており、その性質は貪欲、邪悪で、不滅であるという。
そしてそれは「楽園」に住むのだそうだ。

アリシアは、その物語を知っていた。それも生まれながらに。
物語ばかりでなく、その"蛇"という生き物の細かな生態についても、同様に知っていた。

空腹の淵で、アリシアはネズミに手を伸ばす。
ネズミは一瞬ひるんだように見えたが、
走り去りはしなかった。

自らの力で手に入れたチョコレートのかけらを、大事そうに抱えてアリシアを睨む。
彼はどうやら、自分の場所も、自分の食料も、黙って奪われるつもりはないようだ。

なんて気高い獣だろう。
アリシアは、ずいぶんと久しぶりに微笑んだ。

「大丈夫。あんたを食べるようなことはしないよ。」

ひげを撫でられたネズミは、チュウ、と答える。

その横に倒れ込むようにして、アリシアは眠りについた。
―――ああ、明日の朝には、目覚めないかもしれない。
そう予感しながら。あるいは、そうであれと願って。

そして、きたる日の朝。
アリシアの両親は、とうとう彼女を"食べる"ことを選んだようだった。

黒ひげの奴隷商が、哀れむような眼差しでアリシアを見下ろしている。

食い扶持を減らし、金を得て、未来の希望に託す。
とても合理的で、前向きで、ひとでなしの判断だ、とアリシアは思った。
同時に、その判断をありがたくも感じた。

かつての父や母であったものと、決別するだけの苛烈さが。
この先を孤独に、しかし強く生きるため、必要であろう"貪欲な蛇"の精神が。
今まさに身に付いた、と感じたからだ。

それでも、奴隷商に手を引かれ、家を出ようとしたその時、
アリシアは、郷愁の想いに後ろ髪を引かれて、振り返った。

驚いたのは、あの無感動な姉が…自分と視線を交わしたその瞬間に、ほろと涙を流したことだった。彼女は、アリシアが振り返るその瞬間まで、自らの感情を押しとどめていたようだ。

何かを考える間もなく、お姉ちゃん、と叫んで、アリシアは手を伸ばした。
奴隷商はそれを止めなかった。

恨みも、嫉妬も、後悔もない。
ただ、変わってしまった父と母のもとに残る姉が、不憫だった。

しかし、再び感情を殺すようにして俯いた姉を見て、アリシアは直感する。

この瞬間に、彼女もまた得たのだ。
この先、両親が抱く信仰の"受け皿"となって生きる覚悟を。
彼らを「楽園」に連れ戻すために…"蛇"を全うするための精神を。

ああ、そして―――、

伸ばした手が、渇いた暗闇を切る。

静寂の中に響く、自らの荒れた吐息が、
意識を現実に引き戻す。

全身にかいた汗が、急速に冷やされていくのを感じる。
空気が喉に凍みるようだ。

それは満月の夜に見た、
暗く冷たい、そして懐かしい夢だった。