■キャサリン - 01「チュートリアル」


完全にして恐るべき「理屈」だった。
一晩寝かしてみても、それはカレーにようにうま味を増した「演算」だった。

泡々と唄う口を閉じれない。
私は自分が、いよいよ本当に、ママゆずりの天才であったことを確信した。

「間違い」がない。

この理論に則れば間違いない。このエネルギーを用いれば間違いないのだ。
どんなサイズの物体だろうが、宇宙の果てまでブッ飛ばせるのだ。
そしてそもそも「あの塔」は「そういった機能」を有しているのだ。

するとどうなる?

どうにもならない。
もう世界は「どう」なる必要もない。
平和だ。完全無欠の平和がくる。
全ての道理が、そのままに通る世界ができる。
タイドはその発生源を失い、人々の変容は止まる。

エスティアの獣人も、
ディエクスの奇人も、
そして学徒巫女も。

全ての人間が、そのカテゴリから解放される。
「神代(ファンタジー)」は終わり、未来に「現代」と呼ぶべき時代が来る。

きっと、私だけだ。
私だけが、この最終的解答に辿り着いている。
かしこすぎて鼻血がでそうだ。

私は、感情の起伏や承認欲求、ちっぽけなセンチメンタルで、そういう妄想をしていたのではない。
私こそホンモノの救世の勇者だったのだ。この設計図がそれを証明したのだ。

そうと分かれば、どうのこうのやってる場合ではない。
つまり、とうとう私も都会デビューする時がきたということ。
ドロシーに先見の明があり過ぎるようで多少ムカツクし、
それを追いかけるようでさらにムカツクところもあるが。

そうも言っていられない。
だって人が死に過ぎている。

次は私かも知れない。
次の変容で、私は選ばれないかも知れない。

この世で一番好きな食べ物も、
この世で一番嫌いな食べ物も、
見つからないまま血を吐いてくたばるかも知れない。

まだ出会っていない会心の音楽も知らず、
まだ出会っていない最愛の恋人も知らずに、
うんこ漏らして死ぬかも知れない。

それだけは絶対にいやだ。ゴメンこうむる。
私の命は私のものだ。
誰の手によっても、終わらせられてなるものか。

荷造りだ。荷造りをしてすぐに旅立とう。
学院だっていつまでも安全かわからない。

まず研究成果。それから学徒巫女用の携帯端末。
お泊りセット一式に、ちょっとばかりのお金。
それからウクレレ。こいつを弾いて路銀を稼ぐのもいい。
そして胃薬。風邪薬。絆創膏。ミルミル印の栄養剤。
あとは替えのパンツが何枚かあればいいだろう。
それらをトラベルケースに詰め込んだら出発だ。

とにかく急がなくては。
何せこのプランは、ひたすらに時間がかかる。
着手、整備、改良、駆動式の編み出し、実証、臨床実験。
少なくとも「あれ」に手を加えられるようになってから、480日前後はかかる。

アイエンティから王国まで、馬車を使って何日だ?
そもそも今、王国って自由に入出できる状態なのか?
いや、気にしてる場合じゃない。
ダメなら忍び込むまでだ。

とにかくスピードが命だ。
私の予想通りなら、王都を掌握している教団は今、再編を余儀なくされた状態の筈。
そこに信者としてスッと入り込む。
めっちゃ徳が高めな感じのことをスラスラ言って、
我こそ救世のなにがし! みたいな感じでノシあがるしかない。

「どっかに教団の絵本があったな…。
 世紀末救世主伝説みたいなやつ…予習しとこ…。」

それで、どこまでいったら「王宮」へのアクセス権が得られる?
脳裏の裏の裏まで覗いてみても、その解答は得られない。

こんなもんはクソだ。
私の完全さに比べて、この知識は不完全過ぎる。
なんでこんなものが、私だけに降ろされたのか。

泣きたくなるけど泣きはしない。
それは全ての学徒巫女が同じことを思っているのだから。

私は喜ぶべきなんだ。
私が産まれながらに持っていた、この知識のことを。

人々が「王宮」と呼ぶ、王都の中心的な建造物。
その姿を写真で見た時、私の脳裏で、それは「星間移植器」という名に置き換えられた。
なんでかは知らんが。

でも私は知っている。それの機能を知っている。その目的を知っている。
そしてその目的が、果たされた時に「何が起こるか」を知っている。

だから研究し続けた。
自分のために考え続けた。

その答えがやっと出たんだ。
私だけが、この世界を「あれ」から守れるんだ。

たった一人で戦うんだ!
何故なら友達がいないから。

トラベルケースにウクレレ入らんし。