じゃあ、馴れ初めから話そうかしら。
私ことドロシー・バベルワーズが、その圧倒的才気を学院に見出されて、
初めて登校した日のこと。
学院長であるナゾの生き物、ミルミル先生が、ヌルヌルした触角で、私たちに資料を配ったわ。
それには、契約の内容が記されていた。
私たちの両親に対し、莫大な金銭の支払いがあって、その許諾を以て、私たちはここにいるということ。
私たちはこれから、ここで暮らし、ここで自らの知識を活用した研究を続けなくてはならないこと。
私たちの生命は、この世界の誰よりも尊ばれ、保護されるべきであるということ。
…幼心に、なるほどな、と思った。
あるいは人身売買のようなこのシステムを、私たちの親は必要としたのでしょう。
私と、そこに並んでいた少女たちは、多かれ少なかれ。
両親にとって「多額の金銭と引き換えになら手元から離してもいい」と、
思われる程度の存在だったってこと。
…ちょっと、不貞腐れた見方だけど。
でも、学院が「世界で一番安全な場所」というのに間違いはなかったし、
ミルミル先生の優しさはホンモノだった。
ちょっとヌメってて表情の読めないところもあるけれど、
あの人は両親と同じくらい、あるいはそれ以上に、私たちを慈しみ、守ってくれようとしていた。
そして、フフン、と。
登校初日から、初対面の人間に鼻で笑われたことをよく覚えてる。
私と同い年の学徒巫女、キャサリン・トロイホースは、
私のルームメイトだったの。
自己紹介よりも先に、開口一番。
彼女は私に、私が持つ先天的知識のことを尋ねてきた。
当然、隠すようなことはしなかったわ。私は小っちゃい頃から、寛容さを身につけていたし。
学徒巫女同士が協力して研究を進めることも、学院では推奨されていたから。
私が「旧王国語(バベルワーズ)」と呼ばれる言語体系を司ることを知らせると、
キャサリンは鼻で笑った。なんだ、その程度か、というような風に。
別に頭にきたワケじゃなかったけど、じゃあそっちはどうなのよ、と聞き返した。
でも、キャサリンは教えてくれなかった。
曰く、「並のアタマ」で理解できる内容ではないのだと。
その時の私は、あそこまで傲慢に振る舞う人間なんて知らなかったから。
…どういう対応をしていいのか分からなくて。
あの時、キャサリンの顔面に入れたパンチが、二人の絆を紡いだのだと信じるわ。
とにかくキャサリンは自信家で、そして紛れもない「秀才」だった。
幾度となく言ってたわ。
他の巫女から教わった物理学全般を極めた、とか。
世界にあるほとんど全ての鉱石に関して品質を鑑定できるようになった、とか。
「私が王になってデイジーと組めば、世界を征服できる!」
とか言ってはばからない時もあったわね。
まぁそんなだから、私以外にはあんまり友達がいなくて。
私が学院を出て王国に行くと言った日の夜は、スンスン泣いてたわ。
動画で撮ってあるわよ。
…え? その話は載せられない?
なんでよ。
「偉大な英雄の、意外な側面を漫画にしたい」って言ってたじゃない。
実際のところ、今話したことが大体キャサリンの全部よ。
小心者で、自分勝手で、自意識過剰。自己評価高め。そして賢い。
あ、賢い…はちょっと違うかも知れないわね。
バカよバカ。本質的にはバカ。
勉強が得意なんだと思うわ。
何時間でも机に向かって、ニヤニヤしていられるのよ、あの子は。
それだけは本当に尊敬してる。私には無理だからね。
あの子じゃなかったら、あんな風に世界を救うなんて無理だったと思う。
あの塔で、まだ生きていた誰も彼もが、
口を開けてそれを見ている他になかったんですから。
まだ不足だって言われても、これ以上キャサリンに関して言うことはないわよ。
無理にでも…? そうね…。
冷たい食べ物が嫌いよ。これは学徒巫女ならみんなそうだろうけど。
それから、ヘタクソだけど楽しそうにウクレレを弾くわ。
あとは、うーん。
学院には一応、必修の科目がいくつかあって。
体系的なタイド魔術と、それに用いる鉄杖を活用した護身的な体育槍術。
それから、異界の遺物を活用するための図画工作あたりなんだけど。
キャサリンはどれも得意だったわね。
もちろん、総合成績に関しては、
学院で随一のタイド魔術師であり、技術師であった私に及ぶところではないけれど。
槍術に関しては完全にキャサリンが上ね。
というより、彼女が持っていた先天的知識の本質は、
あの「護身」術にこそあったんじゃないかと思うほど。
…ああ、そうかもね。
あの子が持つ才能の中で、誰と比べても負けるところのないものといえば、
「我が身可愛さ」でしょうよ。
もう十分?
…あの子の名誉のために、ありがとうね。
あの子のおかげでヒトは滅亡せずに済んだけど、
あの子のせいで大忙しよ、まったく。
「自分の誕生日を祭日にしろ」とか「自分の像を都に建てろ」とか。
やっぱり英雄って、どっかネジが外れてないとなれないモンだと思い知ったわ。
…ところでカーリー、あなた、もっと耽美な作風じゃなかったっけ?
今は百合がキテる? あそう。