■キャサリン - 03「メカニクス」


私たち学徒巫女の護身ノウハウは、主に「魔術」と呼ばれているんだ。
とはいえ「宙空間振動子(マナ)」や「生体流振動圧(オド)」を活用するワケではないから、
モノホンのヤツではない。

モノホンの「魔術」を扱う学徒巫女もいるにはいるが、
そいつの技術はむしろ、学院では「祖学」や「振動力学応用」と呼ばれがち。

私たちが扱う「タイドの流法」とは、
目に見えぬほど微細な「それら」に方向性を与え、束ね、混ぜ込んで変質させ、放つ。
時に焼き尽くす炎へと、時に凍てつかせる氷風へと、時に吹き荒らす嵐へと。
変容の手によってこねくり回される、森羅万象のモデルなのだ。

もちろん、誰にでもできることではない。
学徒巫女の中にあってさえ、卓越した使い手は稀も稀も稀だ。

何故ならば、それは「難しい」という以前に、
「才能」によってのみ再現される、門狭き術式だからだ。

何処かの誰か。遠くの。古くの。あるいは異界の。
何者かが既にしてこしらえていた「術式」を紐解き、
理解し、公式の通りに再現し、走らせる。
いわば異界の数学。エンジニアリング。

選ばれた学徒巫女だけが、生まれながらにそれを知っている。
タイドを灼熱に、氷雪に、破壊の風に置換する術を知っている。

我が終生のライバル、ドロシー・バベルワーズもその一人だった。
極北の賢者。氷雪の魔女。ジャングルの王者。

あのメガネがどれくらい凄い使い手だったのかと言うと、
いや、それを説明するためには、まず術式の成り立ちから説明する必要があるな。

はじめに、大気中に満ちたタイドを細かくグループ分けする。

仮に熱を産みたいなら「無垢のタイド」を「熱を産むタイド」に変容させなければならない。
ところが、タイドというものは原則三色に見えてその実、非常に多彩なスケールに分けられていて、
「他の無垢タイドを変容させるのが得意なタイド」もあれば、
「変容した際に活発化するタイド」もあったり、
「数種の特別なタイドと絶対に共存できないタイド」なんてのもあったりする。

なので、これから為そうとしている目的に対して、
無数のタイドに、それぞれが得意とする作業を担当させてやらねばならない。
そのためのグループ分けが必要なわけだ。

しかしもう、これが既にハンパなく面倒くさい。
強引に命令してもいいのだが、それだと出力に欠けることがほとんどだ。

「熱を生み、矢を成し、あっちの方へ飛べ、"ファイアーボルト"だ!」

この命令を聞いたタイドたちが、それぞれ均等なバランスでもって、

「ぼくは頑張って熱を生み出すよ。」
「ぼくはみんなの列形成をして、矢の形になるよ。」
「ぼくは最後尾で推進力を構成する機関になるよ。」

と、ならなければダメなのだ。

熱に寄れば制御不能の火球になって自滅してしまうし、
列や推進力に寄れば、遠くにマッチ棒を投げるような術になってしまう。

なので、まずは得意分野によるグループ化。
その後に統制と、的確な命令。
以上の工程を経て初めて、
タイドの操術は、異界の神代に語られるような「魔術っぽさ」を得るわけである。

ほんでこのあと「魔術の仕組みと実践的運用に関する話」は27ページくらい続くのだが、
今日は置いとこう。

それよりも、ドロシーが「どんな怪物なのか」という話だ。

端的に言うと、彼女は「グループの最適化」をしない。
「ぐだぐだ言わずにさっさとやれ」と告げるのみだ。
乱暴だ。しかしそれでも術が自滅をしないのは何故か?

それは「タイドの変容」が、ドロシー自らの手によって行われているからである。
ドロシーの魔術は「タイドによるタイドの改変」という事前準備を必要としない。

インスタントに! フレキシブルに!
無垢のタイドたちに「自らの魔術にとって最適な変容」を与えてしまうのである。

これはもう設計図を見て、部品を組み立てる「再現」ではない。
1から…ではなく、0から魔術を「創作」しているに等しい。

では、どうしてそんなことが可能なのか?
才能の為せる業?

正しくそうなのだ。ズルなのだ。
彼女は「旧王国語」の知者。
そして「旧王国語」こそ、タイドの根幹を構成するプログラム言語なのである。

「タイドは質量として実在するものである」というのは、
「キャサリン先生のタイド魔術講座 第14章6節」で語った通りなのだが。
え、知らない? 名著だから読んで。

つまり彼女は、旧王国語によってタイドに直接的なアクセスを行えるのだ。
一人だけタイドとネイティブな会話ができるようなもの。

グループ、インスタント、フレキシブル、プログラム、ネイティブ。
全てが旧王国語だ。異界の言葉だと伝えられている。

そういった理由で、ドロシーの行使する魔術はとにかく「速い」。
そして「鋭い」。活用されたタイドの全てが最大効率で働くからである。

熱は万象を焦がすほどに膨れながらも、
その形状は戦術的利点を備えた武器のように変化し、
推進も、後退も、迂回も、四散も、収縮も、自滅も、自在なのだ。

その上で、あの魔女が選んだ「最強の魔術」こそが、あの「極北」なのだ。

熱、冷凍、風圧、電撃、衝撃。
それらは、いずれも生物へのダメージを想定したエレメント。
無機物、ノット生物であることに加え、衝撃、斬裂、破壊、貫通に無尽の防御力を持つ、
そんな敵には有効ではない。

逆に言えば、
そういったものを滅ぼせるエレメントこそが真に万能の、
最強の攻撃方法…ということだ。

要は「惑星を丸ごと消滅させられるような魔術」に、あとは「加減」が利きさえすれば、
他の呪文は何も要らない、という、あのメガネらしい乱暴な理屈だ。

有機物、無機物を問わず、防御力を問わず、
並べて均等に、均一に、法則としての「必滅」を与える魔術。
それが、ドロシーの操る魔術「死滅の雪」と呼ばれるものだった。

このシステムの解説は難しい。
つまり、物体を物体たらしめている因子、
いわば「最小の吊り橋」を落とす、というような…。

ま! そういうのだ。

つまりとにかく、被曝した箇所に無限大の固定ダメージを与える魔術だ。

恐ろしい。めっちゃ恐ろしいんだ。
あの雪に触ったら、その部分は死ぬんだから。

だから本当に怖かった。
本当に怖かったんだよ。

死なないために頑張っていたのに。
最後にあんな、死んだ方がマシってくらいの恐怖を味わうことになるなんて、
考えてもいなかった。

ので。

「分かった分かった!
 キャサリンよ、おぬしの言うことはよォォーく分かった。
 タイドと、魔術と、ドロシー殿の恐ろしさもよォく分かった。
 で、あるからして何なのだ?
 ワシのような商人に、一体何を求めておるのだ?」

『だから私は褒められるべきなんだ、ロムウェルさん。
 今度、王都に建つ私の像は、未来永劫ピカピカに輝いてるべきなんです。』

「ああそうだな。そうだとも。そうあるべきだとワシも思うよ。
 おぬしは正しく英雄だ。忍耐と機知に富んだ救世主だよ。
 再建された王都に建つという、おぬしの名を冠した学校も、図書館も、銀行も、遊園地も。
 そして銅像も、永遠に称えられるべきだと思うとも。」

『そこさ! 「銅像」なんです!
 あかんくないですか?』

「…。
 いやいや、待て待て。
 いかにワシが富める者だと言っても、サイズはどのくらいだ?
 王都の中央公園に建つんじゃろ? 民家くらいありゃせんか?」

『だから、ロムウェルさんに頼みに来たんですよ。
 これは神話的な事業、いわば人類史への投資。
 10年後には間違いなく観光名所だし、
 100年後には世界遺産確定!
 見学料でおつりが来ますって。
 さあロムウェルさん。
 学徒巫女の保護者を自称しながら、
 私をドロシーの恐怖から守ってくれなかったロムウェルさん。
 さあ。ザントファルツに流通する大量の金を横流してください。
 ゴールデン・キャサリン像を造る必要があるんです。
 必要がありますね? さあ!』