■キャサリン - 04「ザ・ポープ・オブ・サン」


「斜陽の塔」が持つ本来の機能「惑星間航行」を実行するために必要な燃料、
それをタイドで代替するための理論を組み上げた時点で、キャサリンは「勝って」いた。

彼女に言わせれば、教団はもちろん、その首魁たるアンジェラや、自身と同等の知見を持つドロシーでさえ、
「バカ」という言葉で一括りにできただろう。
それほどまでに、キャサリン・トロイホースの予測と理論、その研鑽、そして実践におけるメソッドは完璧なものだった。

キャサリンは、自らの知識、技術を高らかに謳い上げ「塔の機能を回復させる」ことへの執着を示し、
実際にいくつもの技術的問題を解決することによって、教団からの信用を得た。
そして、あのアンジェラでさえ、そうするキャサリンの本意を見抜くことはできなかった。
何故なら、キャサリンは嘘をついていなかったからだ。

「塔本来の機能をリブートする」…その言葉には一切の嘘偽りがない。
教団の信徒たちがそれを「惑星再現」のことだと勝手に勘違いしただけ。
それが計算ずくのことだったのかどうかは分からないが、しかし―――、
再編された教団において、キャサリンは「教皇」になった。

確かに「宗教的指導者」という点において、彼女の資質は完璧なものだったろう。
偏執、知見、努力に加えて、その「恐るべき自信」が、信徒たちを導いた。

信奉していたタイドによる虐殺を目の当たりにし、
揺らぐ信仰の在処に迷っていた人々にとって。
「絶対大丈夫、だって私は天才だから。」
と言って薄い胸をはたくキャサリンの姿は頼もしく、
敬うに値する力強さを持っていたのだ。

それこそ「蛇の魔性」によって人々をまやかしたアンジェラよりも、強烈に、真っすぐに。

===

「良き報せです、信徒トロイホース。」

嫋やかな笑顔でキャサリンの部屋を尋ねた聖女に対して、
明らかにビクついた様子でキャサリンは身構えた。

キャサリンは本能で知っていた、聖女が「どっちかと言うと捕食する側」であることを。
ゆえに、いつでも頭を下げて初撃を回避しつつ、そのまま助命を乞えるスタンスに素早くシフトした。

『良き報せスか。今日で教団をクビになって、そのままクビも飛ぶとかそういう。』

「貴女が私に対して、どういう印象を持っているのかは知りませんが。」

アンジェラはひとつため息をつき、
そしてどこか困惑したような様子で言葉を紡ぐ。

「貴女には本日より、この教団における最高権威者、つまり「教皇」として振る舞っていただきます。
 これは民意による決定です。信徒たちは皆、声を揃えて「貴女が良い」と。
 まったく、どのような手練手管を用いたのかは知りませんが。」

『…は、はい。
 それで、この後に「悪い報せ」があるパターンですか。
 クビが飛ぶとかそういう。』

「…ありませんよ。私だって貴女の信仰心を評価しているのです。
 認めざるを得ません。我々の目的のために、貴女が「必要」であると。

 …そして、貴女の能力に頼る以上、貴女の意を汲む必要があります。
 今後、貴女の指示に対して、私は関与しません。
 名実共に教団の長となり、信徒たちを導いてください。」

この言葉はアンジェラにとって、本心からのものだった。
彼女は、自らの定義する「正しさ」に付き従う者。
本来、ヒトの命や意味、そして言葉に対して、実直に向き合う聖者なのだから。

だが、それをそうと理解する能力を持たないキャサリンは、瞬時に3つの選択肢を用意した。

―――、
ひとつ目「教皇の任を受け、そのままアンジェラを排除する」こと。
アンジェラの器量は凄まじい。独力の暴力でも、子飼いの親衛隊を介してでも、
いつでも、そしてどこでも、彼女の「意志持つ刃」は自分の命に届き得る。だから抹殺すべき。

ふたつ目「教皇の任を辞して、アンジェラとの敵対を回避する」こと。
こうして直接伝えに来た以上、彼女は「私がそれを望むかどうか」を知りたがっている、と考える。
権威に手を伸ばすことで、この魔性と敵対する脅威に瀕するくらいなら、最初からその手を取らない。

みっつ目「教皇の任を受け、かつアンジェラに対する「王」の影響力を利用する」こと。
これまで教団に潜伏し、その動向を観測してきて分かった、アンジェラの明確な弱点。
それは「王」にベタ惚れしている、ということ。
そして彼女がそれを「他の者には知られていない」と思い込んでいること、だ。
それを利用する。「王」を人質にとる。そして―――、

というところまで考えて、キャサリンは唐突に「飽きた」。
あるいは、馬鹿馬鹿しくなった。
口の端からポウとエクトプラズム的なものを出して、アホになった。

キャサリンの本質は「自己愛」だ。
アイエンティから授かったものではなく、彼女の人生が、その内側に育んだ個性。
それは「自己保存力」と言い換えてもいい。

これ以上、アンジェラとの関係について賢しく思い悩むことは、
この「自己」を著しく損なう、と、キャサリンは直感したのだ。
だからアホになった。

『…らしからぬ。』

「…は?」

『思ったんスわ。らしくないって。
 アンジェラさんと、なんか腹を探り合うのは、らしくないッス。』

「…すいません、信徒トロイホース。
 私には、貴女の言っている意味がよく分からないのですが。」

『だってアンジェラさん、悪いヒトじゃないし。
 私を殺したりしませんよね。多分、私が何しても。』

「当然です。というか、なぜそのような懸念を?
 先ほど、あなたの能力を認める発言をしたばかりだというのに。」

という言葉を聞いてもまだ、キャサリンはそれを信用することはなかった。
所詮は、刃を手にしたヒトの言葉だからだ。

それでも、彼女が「それをしないだろう」という予測は、異なる論点から既に立証されていた。
だって、ヒトに恋するヒトの言葉だからだ。

こと「王」の目的を助けるため、つまり「塔」の機能を復旧するためならば、
この聖女は全てを利用するだろうし、そのために「必要なもの」を傷つけることはしない。

だから私は安心安全、ついに「必要なもの」の仲間入りを果たした、というだけの話。
そういう「理論(はなし)」なら納得できる。「善意」だとか「民意」だとか「権威」だとかいう言葉よりも、圧倒的に。

キャサリンは自分の頬をペチと叩き、
目を細めて笑った。

グッジョブ。
この結論は「私らしい」。

『分かりました。キョーコー? よく知らんけどやります。
 やりたいようにやります。ダメだったら殺す前に言ってください、やめますので。
 だからアンジェラさんも、やりたいように、頑張って。』

「…? はい。」

キャサリンの瞳から視線を外したアンジェラは、上の空を凝視しながら部屋を去った。
己の理解を遥かに超えた「個性」によって自らを律するキャサリンは、
「予測できないこと」を嫌うアンジェラにとって、最も苦手な部類のヒトだったのかも知れない。

ともかく、この来訪を経てキャサリンは「太陽の教皇」と呼ばれる地位に就いた。
この実態的恩恵は凄まじく、あらゆる研鑽、実験において、彼女の時間を無為に浪費する要素はなくなった。

ゆえに、この1年後である。

教皇キャサリンは「三国同盟軍との膠着した戦線に対する抜本的な解決」として。
「第二次コロセウム計画」を発令した。

それは、両陣営の勇者を募り「斜陽の塔を闘技場に見立てた代理戦争」によって、
戦争の勝敗、そして「塔」の所有権を定める、という提案だった。

この提案は、三国同盟の軍師、ドロシー・バベルワーズによって受諾され、
世界は再び、その命運を「賽の目」に預けることになる。