■オルカデス - 03「兄の遺したもの」


斜陽の塔・上層、聖櫃の間。
その場所は、かつて教団が完成させた「マニピュレーター」の保護装置が置かれていた、塔の中枢ユニットだ。

全てのマニピュレーターはここで産まれた。
そして死んでいく。ガウがそうであったように。
「少女」がそうであったように。

その場所にあって今、二人の戦士が立ち合っている。

二角の機甲騎士。
マニピュレーター候補の一人、「ガウ」の遺体を骨組みに使った兵器。

鋼鉄の騎馬を駆る騎士。
教団秘奥の安全装置(フェイルセーフ)。無垢なるホムンクルスに憑いた悪霊。

ガウとエレイン。
オルカデスとペイルライダー。

姿形と名前を変え、幾度となく鍔を競り合ってきた両雄は、
奇しくも互いが産み出されたこの場所において、
最期の戦いを迎えようとしていた。

そして、二人と出生を同じくする宿命の王。

傀儡王ルーセントが、その決闘を見守っている。

誰が望んだわけでもない。
この、幼子の如き三者に言葉はない。

ゆえにその戦いも児戯の如く。
儀礼を欠いて始まって、然るべきものだった。

―――巨災と呼んで間違いない。
あのテレンスでさえ膂力を比べて劣るだろう。

その巨躯が宙を舞うと同時に、
オルカデスの踏み蹴った床装は、八方に砕けて割れる。

この両者の戦いは常にそうだった。
ルーセントを守ろうとする者と、
ルーセントを殺そうとする者。

守ろうとする者が常に先手を打った。

今この瞬間、オルカデスの飛翔を瞳に焼き付ける、ルーセントの命そのものが、
ガウと呼ばれた冒険者が、ただの一度も、この凶刃に対し、
負けを知らぬことの証明であった。

―――彼はこれまで、守り抜いてきたのだ。

ペイルライダーの直上から、交差した長剣が両袈裟に炸裂し、熱風を伴った衝撃波を起こす。
一帯を吹き荒ぶ小規模な嵐が形成され、その噴煙を裂いて飛び出したのはペイルライダーである。
彼女は鋼鉄馬の二輪から蒼炎を放射しながら、「聖櫃の間」の外周までを疾走した。

その表情には焦りも驕りもない。
しかし純粋な恐れがあった。

―――以前に比べ、互いに外殻も装備も違うとはいえ、同じ初手を繰り返すとは。
愚直さではない。アレはそういう戦術を採る男ではない。
つまり「最優」だと断じている。「防御を捨てた初撃」こそが、「最優」なのだと。

あれに対して、回避を選ばない者はそういない。
特に私のように、攻撃的な能力に長けた者ほどそうせざるを得ない。
自らの領分を発揮せずして負けることは、最も忌避すべきことだからだ。
故に、この回避こそが「レール」だ。

奴はそうして、敵を「定石(レール)」に乗せる。
どんな戦士も、剣を握れば、それを振らないことはできないように。
視覚的、聴覚的な衝撃を示す。威力を知らしめ、ダメージを想像させる。
回避への思考誘導を行い、そして―――、

ペイルライダーの予見した通り。
未だ爆風の霧中にある地点より、二角の怪物が一歩、

二歩、

と地面を蹴り砕き、
恐るべき俊敏さによる平行線への跳躍を果たす。

その三歩目は、彼我の差を詰め切るに十分、どころの話ではない。
一切の粉塵を払って飛び出したオルカデスの巨躯は、
疾走するペイルライダーの側面へと正確に「撃ち込まれた」。

主を失った鋼鉄馬が、夥しい量の噴炎と摩擦による火花を放ちながら、
横這いに回転して広間に転がっていく。
そして、突き上げられた二本の角に滴るペイルライダーの蒼褪めた血液が、
異様な発熱によってすぐさまに蒸発する。

同時に、オルカデスは自身の首元に異物を検知した。
突き込まれた戦刃が、彼の装甲の一部を貫いている。

拳ひとつの距離で突撃を受け流したペイルライダーは、
唯一の逃げ道であった「上空」へとその身を躍らせながら、刃を返したのだ。

無論、彼女も無傷という訳ではない。
接触はせずとも、オルカデスの戦角はその破壊圧のみでペイルライダーの脇腹を引き裂いている。

ペイルライダーは地面に身を打って転がり、喀血する。

―――と同時に、自身の体が、再び宙を舞っていることを知覚した。

回避? 防御? 講じる暇など在りはしない。

オルカデスにとって突進は「リソースを消費する攻撃」ではないのだ。

一度かわされたのなら、もう一度叩きこめばいいだけのこと。
二度目の突撃は、短距離を一歩で詰めてのシンプルな「ぶちかまし」だった。

戦角に刺し貫かれることはなくとも、ただスピードに任せて巨躯をぶつけるだけで、
それはペイルライダーの骨格全身を粉砕するに十分過ぎるもの。

そして当然、それでオルカデスの猛攻が止まるわけではない。
その兵器が「王の盾」と呼ばれる所以は、王に仇為す敵の一切を、先んじて、そして徹底して排斥するからこそである。

再び。

地面を蹴り、恐るべき迅速さで目標の直上へと飛び込み、
両の剣を交差させ、長大な攻撃範囲を確保して斬り結ぶ。

技術としては、極めてシンプルな「薙ぎ払い(クリーヴ)」と呼ぶ他にないだろう。

しかし、先ほどとは状況が違う。
ペイルライダーの刃は既に手放されている。逃げる脚もない。

かわせようが、かわせまいが、
反撃できようが、できまいが、
今度こそ圧し潰すだけである。

それで届かぬとしても、無限に繰り返すのみ―――!

だが結局、それが繰り返されることはなかった。
決着は唐突に訪れたからだ。

オルカデスは体勢を崩して失速し、聖櫃の間の床へと墜落した。
立ち上がり、再び剣を構える、ことさえできない。
あまりにも、熱い。

自らが発生させる蒸気で、自身の視界が確保できなくなるほどに。
熱い。熱い。熱い。冷却器(ラジエーター)が、全く機能していない。

オルカデスの装甲が赤熱している。
自らの熱によって、内蔵機関が融解を始めている。

―――ああ、これが目的か。これ「だけ」が目的だったか。
全く、味方にして頼もしく、敵にしてなんと、厄介な―――、
ウィリアム、め…。

一度目は、突撃の最中に、鋼鉄馬から放たれた火炎の放射を浴びたこと。
二度目は、再突撃の最中に、首元を通して胸部の冷却器を攻撃されたこと。
そして三度目は空中で、あの忌まわしき銃より放たれた、焼夷弾を受けたこと。

なるほど、ちくしょうめ、こいつは完敗だ。
鋼鉄の、不死の、無類の体に、こんな弱点が。

溶鉄に溺れるようにして、伸ばした手の先に王の眼差しがある。
王、王よ―――、我が王―――、ただ独り、母胎を同じくする愛しき弟―――、

ああ、この決着を、卑怯とは呼んでくれるな。
俺だってそうしてきた。
勝てなければ鍛え、考え、装備を整え、
誰かの知恵を借りて、相手の弱点を突いてきたんだ。

なあ、面白いだろ、ルーセント。
こうして、誰かと切ったり張ったり、
触れあって、覗き合って、戦って、
相手のことが少しでも、
分かっていくのは―――。

そして、恐るべき精密さで振り抜かれた刃によって、
オルカデスの頭部が、胴体と別離する。

それは彼に訪れた、正真正銘の「死」であった。

オルカデスの頭部は光を失い、
剥ぎ捨てられたヘルムのように、
がらん、と音をたてて転がる。

紛れもない決着だった。

―――ペイルライダーは嗤う。
彼女によって制御されたタイド光が迸り、彼女自身の損傷修復が始まる。
そして、この戦いを見守ってきたルーセントをじっと睨みつけ、挑発する。
今この機を逃せば、ガウの死は無駄になるぞ、と。

しかしそれでも、ルーセントが構えることはなかった。
ただ、無造作に叩きつけられた彼の拳が、聖櫃の間の壁面を砕く。

その先には塔の外が。
雲に近い空が。
風が吹き荒んで広がっている。

「…相手をしてやる。
 ついてこい。」

そう言い残して、ルーセントは塔の外壁から飛び降りた。
いや、向かう先は恐らく、塔の頂上だろう。

その様子に、ペイルライダーは少しの驚きを顔に見せた。

―――ガウの懸命によってようやく得られた絶好の機を手放したばかりか、
その上で、ちょっとした「行きがけの駄賃」として、この私を「片付ける」と吹いたのだ。
無価値な挑発。まるで人間のようではないか、あれほどに憤るだなんて。

だが面白い、そうでなくては。
これならば「あの時」よりも遥かに、
「殺し甲斐」があるというもの。

彼女が掲げた右手のもとに、鋼鉄馬が自走して駆け付ける。
そして聖櫃の間を発つ直前、彼女は、未だ燻ぶる溶鉄と化したオルカデスを一瞥した。

そこには、僅かばかりの名残惜しさがあった。
彼女はきっと、どの地平においても、彼との戦いを忘れないだろう。
苦戦とは「その悪霊」にとって、最も甘美な報酬であるがゆえに。

彼女は、誰にも聞こえないように小さく呟いた。

―――さようなら、ガウ。
またいつか、遊びましょう。

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「王の盾」オルカデス - end