オルドア双竜伯 - 「アナイアレイター」


オルドア・クロミア伯爵。
エセン北東の辺境「白亜の森」に潜む「竜」を討伐し、近隣領に平和をもたらした偉大なる自由騎士。
広大な「空の蒼」に仕える騎士であるオルドアの瞳は、その影を投じたかのように蒼かった、とされている。

クロミア家は、竜とその征伐にまつわる伝説を持った家系であり、
かつては「逆鱗と心臓を重ねて貫く剣」の紋章を家紋としていた。

これは「竜を殺めた後、自らの命を捧げることで、その荒ぶる魂を鎮める」という、
「一死一殺」の信条を示す紋章であり、クロミア騎士の苛烈な伝説を印象付ける要素のひとつだ。

その中でもオルドアは、その生涯において無数の竜を征伐した、伝説的な騎士である。

気流を自在に操り、彼女の肉体を蒼天へと運び上げる「風道の剣」と、
絶大な重量を有しながら、所有者にそれを感じさせることのない「鋼羽の剣」は、
どちらも、彼女の祖母である騎士イリディス・クロミアが辺境から持ち帰ったアーティファクトであり、
彼女を空中戦のエキスパート足らしめる所以でもある。

元来、エセンブルクにおいて「竜」は、古くに絶滅したとされており、
その実体が再発見されたのは、つい最近のことだ。
彼らが、いかなる理由によって、辺境の最奥からエセンへと現出したのかは定かではない。
だが、神話に語られる空の暴威、竜の翼は、確かに太陽を遮り、エセン領内へと飛来した。

対して、数多くの騎士たちが弓を手に、それを迎撃しようと試みたが、
彼らのほとんどは竜の放つ火の吐息に焼かれ、爪牙に切り裂かれて死んだ。
人間の武器、人間の戦術を、竜は退けたのだ。まるで「勝手知ったる」ようにして。

竜の飛来した領土は、叫喚と炎に包まれて焦土と化し、
エセンブルクの地図から、三つの騎士領が消えた。

その報せを受けた騎士オルドア・クロミアは、
かの竜こそ、自らが討ち果たすべき敵であると直感した。

オルドアの戦技は全て、亡き祖母より受け継いだものである。
幼き日、厳しくも優しく自らを鍛え、心身を育んでくれた偉大な祖母。
だが、彼女は辺境へと赴き、そこから持ち帰ってしまった。

「竜」とは元来、特定の生き物を指す言葉ではない。
生殖を必要としない、あるいは超常的な方法によって生き永らえ、
個体として完成し、様々な生態を有し、そして共通して、
人類への敵意を持つもの。

そういった災厄を指し、古代の人々は広く「竜」と呼んでいた。
で、あるからして、"その存在"もまた「竜」である。

それは、自らを殺めた者の血に"感染(うつ)"る。
それの幼体は定形を持たない。

目にした者の加虐心を"そそる"ような。
目にした者のヒロイックな感情を煽るような。

"撒き餌"のような姿を晒し、自らを殺めさせる。
そして、その痛み、怨恨、断末魔、今際の爆発的なエネルギーによって加害者を呪うのだ。

加害者を"保菌者(キャリアー)"に変え、
やがてその内側を変容させ、人の天敵として現出させる。
殺戮の入れ子人形。

古代より、クロミアの騎士たちが葬ってきたのは、「竜」という生物ではない。
辺境より生じた、この「細菌(ウィルス)」のような存在に侵され、内側から喰い破られた人間たち、である。

イリディスは、辺境の最奥にて、それの生き残りを見つけてしまったのだろう。
彼女にとって、その姿はさぞおぞましく、
放っておけば人に仇為す存在であるかのように見えたことだろう。

それこそ、翼と尾を持ち、炎を吐く生物として語られる、竜そのものの姿をしていたのかも知れない。
だとすればクロミアの末裔として、それを放置することなど、イリディスにはできなかった筈だ。

そうして竜を殺し、呪われたイリディスは、
幼きオルドアの目前で体皮を破られ、竜の姿へと変貌したのだ。

次なる標的であるオルドアの殺意を煽るため。
クロミアの血へと報復するために、"それ"は竜の形を取り続けるのだ。

やがてオルドアは成長し、竜化した祖母イリディスを見事に征伐してみせた。
祖母より教わった対竜の技を用い、彼女に永遠の安息を与えることができたのだ。
だがそれは、次なる呪いの始まりでもあった。

オルドアは自らの内側で蠢く何かを知覚する。
怨嗟の声が、脳内を反芻する。
自我を裏返されるような錯覚。

オルドアは領土を従者に任せ、たった一人で北東の辺境「白亜の森」へと去った。

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議会において、彼女の姿を見たものは、
そのおぞましき姿に、思わず目を見張ることになるだろう。

4枚の竜翼を有し、燃え盛るような赤髪を逆立てた烈炎の女。
甲冑の隙間から覗く手足には鱗が生え揃い、
何よりもその片眼は、灼けついた空のように赤く、その瞳孔は人のものではない。

それは、数十年の時を経て北東の辺境より帰還した、
オルドア・クロミアの姿である。

竜を殺めたものは、竜に呪われ、やがてその身を竜と化す。
では、その呪いは重複するのだろうか?

その答えは、彼女の姿にこそある。

見よ、赫々のそれではない。
もう片方の瞳に燦然と輝ける蒼穹の色を。

オルドアは最後のクロミア騎士として、
「白亜の森」に生息する全ての竜を狩り尽くした。

今や全ての呪いが、彼女の内側にある。
今も全ての竜たちが、彼女の中で蠢いている。

竜たちは、自らの手によって復讐を果たすために、
彼女の中で永劫に、終わりのない共食いを続けるのだ。

不滅であるがゆえに。
その深き執念ゆえに。
お互いを貪り喰らい続ける地獄に堕ちたのである。

彼女の帰還によって、クロミアの家紋は新生した。
「互いの喉を喰い合うように交わる二頭の竜」の紋章。

即ち、彼女が「双竜伯」と呼ばれる所以である。