ゼクテ偏執卿 - 「ロード・オブ・コンビナート」


ゼクテ領主、カリオン・ゼクテ。
家紋は「一本のネジ」である。

エセン南に広がる工業都市帯を治める貴族であり、同時に、その「生産力」に仕える騎士。
彼の性質を一言で表すならば、それはもちろん「偏執」である。

彼の工場で働く者たちは、各セクションに
「身長」や「体重」を含む身体的特徴に基づいて振り分けられている。

毛色、瞳色、性格、声色、肉体各部位のサイズの精細に至るまで。
限りなく近い者同士が集中するように配置された工場は、
ある種の異質な宗教観によって統制されているようにすら見えるだろう。

しかし、それこそがカリオンの理想とする「生産」ひいては「工業」の在り方である。
彼は「究極の効率とは、工場との一体化」であると語る。
そのためには個人性を取り上げる必要があり、そのためにこれらの方法があるのだ、と。

実際、カリオンの統制する工業地における出力効率は圧倒的であり、
この地なくして、エセンブルクの経済、民草の生活は回らない。

議決において最も強大な発言力を有する騎士のひとりであり、
彼に比肩する者は「アルブレヒト複製卿」あるいは「カレル征伐王」のみであるとされる。
どちらも「救世の勇者」として語られる英雄である以上、
カリオンもまた、なくしてエセンを語ることのできない、英雄なのだろう。

カリオンは、あらゆるものに「役割(ロール)」を与えることを己の大義とする。
「効率化」は、生産に対する忠誠から導き出される施策だが、彼自身の大義はまた別にある。
彼は、工員から取り上げた個人性を、より豊かにして彼らに還元することを約束し、徹底する。

定められたセクションで、厳しいルールの下、作業時間を完遂する工員たちは、
彼の言葉を以てすれば「己が人生の生産性に対して、真摯に向き合う忠義者」であり、
「その報酬は、その忠義に見合うものでなければならない」というのだ。

工員たちの工場における活躍は、
ネジ一本の緩みの修正から、お茶汲みの一杯に至るまで厳正に監視監督されており、
それらは全て、給与査定や評価に反映されている。

作業時間外における工員のプライベートは領法によって約束されており、
与えられる住居区画において、彼らは同セクションの同僚と出会うことがないよう計算されている。
もちろん、彼らがそれを望むならば例の限りではない。

作業効率の低下が認められた者には、カリオン直属の精鋭騎士団、
「労働環境調査団(通称、ハンマーヘッズ)」が派遣され、生じている問題の解消に死力を尽くす。

何れかの能力を欠いており、普遍的な勤務のできない者に対しては、
「労働能力査定団(通称、インダストリアル・アームズ)」が派遣され、彼らに適した業務内容への案内と、教育が行われる。

カリオンにとって「ただの一人」は「一本のネジ」と同様のもの。
チェックを疎かにすべきではなく、ケアを怠るべきではなく、サポートを惜しむべきではない。

そして、この秩序を著しく乱す何かが生じたならば、
カリオンは自らの手によって、それに「秩序の礎」という役割を与える。
彼は、今まで自らが手に掛けた、数千個にも及ぶ「不適合ネジ」のことを全て覚えている。

これを以て、ゼクテの領外に住む者たちは、彼を「ゼクテ偏執卿」と呼ぶ。
あるいは「管理の悪魔」「工場の化身」「心配性の神に仕える騎士」とも。

今日も、ゼクテ領内には鉄を打つ音が響き渡り、
その空は、排気ガスによって暗く翳る。

領民たちは皆、配給されたガスマスクによって顔を隠し、
その表情を窺い知ることはできない。

カリオンに「人間の幸福」という概念は分からない。
だが彼は、サンプルケースから学ぶことを止めはしない。
不朽にして不滅。生産性と一体化したその巨影、鋼鉄の貴族。

ゼクテの子供たちは、動物を模した可愛げのあるガスマスクで顔を隠し、
古くから伝わる民謡を諳んじる。

「ぼくらの王さま、ネジのカリオン。
 つよくておおきいのに、心配性。
 つよくてかしこいのに、喋れない
 つよくてやさしい、ぼくらの王さま。
 ネジのカリオン、どこにいる?」