フラー豪邸公 - 「フルハウス」


フラー・フエル・ド・フルハウス。
エセン南部の海岸地帯に領土を構えるこの貴族の特徴と言えば、
「豪邸公」という二つ名の由来にもなった、住居の巨大さであろう。

彼が所有する領地のうち80%に相当する、
およそ160,000平方メートル内に立ち並ぶ建造物群は全て、
彼とその家族、そして領民の住居であるのだ。

何故このように巨大な住居が立ち並んだのかと言えば、
それはフラー公爵家の特殊な事情、あるいは家族構成ゆえのもの…というよりは、
フラー公爵が辺境より持ち帰った、ある「成果」によるものだ。

フルハウスの血統は古くから、力ある騎士の家系として知られている。

その中でも随一の騎士と謳われたフラーは、かのカレル征伐王らと共に、辺境の調査を競合し、
数多くの成果をエセン領内へと持ち帰った。
まさに英雄と呼んで差し支えない人物である。

そして彼が持ち帰った成果の中には、エセンの発展に寄与するものが数多くあった。
そのうちの一つが「ビルダー」と呼ばれる遺物である。

「6号辺境」…あるいは「鋼の森」と呼ばれる地域は、
鋼鉄製の人工建造物が、所狭しと立ち並んでいることで知られている。
フラー公爵はこの土地から、ある「菌糸の苗床」を見つけて持ち帰った。

そして、公爵の屋敷の庭に植えられたその苗は、僅か数日の後に目に見える成長をはじめ、
やがて一ヶ月が経つ頃には「完全な公爵屋敷のコピー」として成熟した。

材質や内装、経年的な劣化具合までもコピーした"それ"は、
その数日後には再び、隣接する領地に実体を出現させ、成長をはじめた。

近隣にある建築物を模倣して、成長するキノコ。
そう呼ぶ他にない、この摩訶不思議な菌糸は「ビルダー」と名付けられ、
その管理は、フラー公爵に一任されることになった。

そして「ビルダー」による恩恵は目覚ましいものだった。
屋敷の複製として出現した実体は、解体することで、普遍的な建材として用いることができるばかりか、
屋敷内の金庫に保管されていた、辺境産の希少金属、希少鉱石などに関しても、無制限の複製が可能になった。

加えて、フラー公爵にとっての最たる恩恵は、
年若くして死した我が子を、今一度その腕で抱き上げることができるようになった喜びだろう。

ミュラー・ミシェル・ド・フルハウスは、フラー公爵の一人娘であり、
フラー以上に「力ある騎士の血」を濃く継承した、傑物であったとされる。
彼女は、幼い時分に、菌糸の毒を誤って摂取してしまったことによって命を落とした、悲劇の令嬢であった。

その遺体はフラー公爵領の庭に作られた墓地に埋葬されていたが、
しかしある時を境に「ビルダー」は屋敷のコピーの中に、ミュラー嬢のコピーを生成するようになった。

複製されたミュラー嬢には、自らが毒によって死亡する瞬間までの記憶が備わっており、
公爵にとってみればそれは、亡くした我が子が生き返ったも同然の奇跡だ。

元々、フラー公爵が辺境調査に乗り出した理由は、
死した我が子を蘇らせるための術を、辺境の暗中に願ったからであった。
そうして成就した彼の願いは、民草の間でよく好まれる英雄譚になり、
多くの騎士を辺境調査へと駆り立てることになるのだが、それはまた別の話―――。

フラー公爵家にまつわる話は続く。

現時点でフラー公爵領内には、隙間なく隣接した78,113棟ものフラー公爵屋敷が、まるでコラージュのように立ち並んでいる。
そして、そこに住む領民ら234,889名のうち、72,042人がミュラー・ミシェル・ド・フルハウスである。

とっくに精神を破綻させてしまったフラー公爵の管理はずさん極まりないものであり、
今日も明日も、公爵屋敷は複製され続け、死亡直前の記憶を持った「ミュラー」は増え続けるだろう。

目下、日に2000棟もの屋敷が増築され続け、36,000人近いミュラーが解体に従事し、建材の輸出を行っているが、
屋敷と同じペースで増えるミュラーたちの統括、そして食料問題は、深刻なものになりつつある。

もはやフラー公爵が「どの屋敷」に住んでいるのかも定かではなく、
議会に出頭するのも、その代理人、ミュラーA02、A03、B07、B14と呼ばれる人物たちであることから、
領内における政治的主導権は、既にフラー公爵や領民ではなく、ミュラーの群れに奪い取られていると推察できる。

フラー公爵の「大豪邸」は今日も広がり続けている。
近隣領はこれらへの対策として、領土を跨いだ「公爵屋敷」または「ミュラー」に関して、
破壊による対処を行っている。

だが、公爵領の南端、海上へと進出を始めた屋敷の破壊方法や、
近頃発見されるようになった「手足が多い」「不明な言語で話す」「羽が生えている」「頭部が双つある」
等の特徴を持った「ミュラー変質体」への対処方法は、依然、未定のままである。