■キャサリン - 06「トライフォース」

 

王宮、または斜陽の塔、その正しき名称を「星間移植器(トライフォース)」。
大宙を渡り、未開の星へと「着床」し、ナノマシンベルトを形成して「人類史」を再現する。
「彼ら」にとっての救世の箱舟。
三つのエネルギー炉による三点噴射で大気の壁を突き破る、航宙船。

そして、とんでもないマヌケ野郎だ。

永遠にも似た時間を厳選にあて、ついに理想の入植地を見つけたというのに。
その大気圏へと突入する際に、ポカリと「頭」をぶつけたこいつが全ての始まりだった。

製造された無垢なるクローンたちは、
STR(エスティア)のタイドによって成長を促され、
DEX(ディエクス)のタイドによって経験を捏造され、
INT(アイエンティ)のタイドによって知識を移植され、
そうして「人類」になる予定だった。

だけど彼らは「ヒト」になってしまった。
獣と人間の混ざりもの。
異常感覚を持つ奇人たち。
狂える智慧の渦。

この世界を「変容」させ、人々から神聖視される三つのタイド。
そしてそれが形作る「龍脈」とは、暴走した三つのエネルギー炉から流れ出た、異常性の奔流によるものでしかない。

どれもこれも、星間移植器が突入の際に負ったダメージのせいだ。

このマヌケを制御するために必要だった「ママ」。
かつて傀儡王が恋したとされる「マニピュレーター」は、
そのダメージによって全ての「目的」を喪った。

頭打って記憶喪失、曲がり角で王子さまとぶつかって、王子さまもマヌケだったので世界の破滅。
この惑星はそんな、不出来な悲劇の後日談(エピローグ)でしかない。

埋蔵された記憶の中から、その真実を掘り起こした時、
プシューと息を吐き出して、
真顔で1時間ほどウクレレを弾いた。

が、何も解決しないことが分かったので、私は研究を始めた。
私に友達はいなかったけれど。
私が「心を許したヒト」なんて、ただの一人もいなかったけど。

「同類」はいた。
私と同じ苦しみを背負った、どうしようもなく哀れな連中が。

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【神話】の学徒巫女、ギャリー・ゲネシスの知見。

「や、キャサリン。こないだ聞かれたことについて、ちょっと脳裏を漁ってみたんだが。
 異界にはねぇ…「ノアの箱舟」と呼ばれる普遍的な概念があったようでねぇ。それはどうやら生命の種…つまり「遺伝子の情報だけ」を積載したカプセルを外海へと放つ、というものらしいんだ。
 やがてカプセルが新天地で花開けば、長い時間をかけて「自分たちの道理」を再現することができる、かも、って寸法だねぇ。実際、異界史においてそれは何度か成功していたみたい。
 ヒトは何度も絶滅したし、何度でも再起した。
 少なくとも「彼らの星の上」ではねぇ。ふふふ。」

【ロケット工学】の学徒巫女、チョコレート・フォン・ブラウンの推察。

「まぁ、理論上では可能です。
 つまり「上下のどちらから」でも突入、離脱が可能なロケットの設計、ということですよね。

 でも、どうかなぁ。突入時に大気圏内で体勢を逆転させて着陸する方が簡単だと思うんですよね。
 あなたが言うような「ノアの箱舟」が実働しているとして、
 仮に私が開発者であれば、今述べた方法を使っての着陸、そして「再離脱」を提案します。

 だって「突入した惑星が実は移植に適していなかった」場合や、
 「航行するための燃料が尽きた際、資源惑星に寄り道する必要がある」場合、
 とかもありゅと思いませんか?失礼。

 目的を達成するまでに、何度も突入と離脱を繰り返す必要があるなら、
 そもそも設計の段階で、それらの機能は盛り込まれていりゅだろうし、
 ろのためにはローリスクで確実性の高い手段が採用されていてれ当然でしゅう。失礼。」

【エネルギー工学と酢】の学徒巫女、フロン・アースヒーターの推理。

「燃料が何かっておめェ、そりゃタイドだろ。
 タイドがそこから来てるってんなら、そら「自家製ピクルス」みたいなもんだぜ。
 ありゃあほとんどズルだ。どんなケーブルだってナノマシンチューブの伝導効率には敵わねえ上に、それ自体を燃やして出力しやがるんだからよ。

 ほんで問題は「ナニ」で野菜を漬けてるかって話だろ?
 したら土じゃねえの? 知らんけど。
 それが「どんな場所でも」稼働するように作られてんなら、そら「大気」か「土」だろ。

 おいてめェ…あんま気張りすぎて体コワすんじゃねえぞ。
 差し入れあっからよ、ほれ。うちで精製したきゅうりのピクルス。
 まさかドロシーみたいに、苦手だとか言わねぇよなァ。」

【原子炉】の学徒巫女、デイジー・ディーの推理。

「ボーキサイトな! それな。
 私な。思いつくところによると、宇宙からピピピて探して降りて来るのだろ? そのワンパクぼうやは。
 住みよい! て思ったところよな? なんで住みよいんだろな? そしたら。
 そこでデイジー閃いたのだが。
 思うに、ぼうやの思う「住みよい」て、燃料たくさん作れる、安心安全な場所ではないか?
 
 ところで我々、みんな魔法銀、使ってるな? どこでも使ってる。なんでかというと、あるからだ。
 たくさんあるからだ。魔法銀、ボーキサイトで作るな?
 ボーキサイトたくさん。この「土の中」の特徴だ。したらぼうやさん、それ気に入ったのと違う?
 ボーキたくさん! 安心安全! ヤッホー! だからここ来て子作りした。
 したらタイドさん、原料はボーキさんと違う?」

【画「女神誕生」とボーキサイト】の学徒巫女、ブリジット・ブープの手紙。

「こんばんわ。あなたとの文通も長いわね。
 あなたとのやりとりはいつも新鮮で、楽しいわ。

 それじゃ、あなたの質問に答えるわね。魔法銀、正確には「アルミニウム」と呼びます。
 タイドの正体が「それ」ではないか、という質問。
 半分当たりで、半分外れ、ってところかしら。
 あれ、正確には「有指向性極小アルミニウム空気電池」と呼ばれるものです。
 これ、単語は私の中にあるけれど、実態は忘れちゃったの。ごめんなさいね。
 私の1つ下の学年に、電池の専門家がいた筈よ、まあ名前忘れたけど。
 その子に尋ねてみてちょうだい。

 ところで、お返事にあなたの名前を書いてくれる?
 またお手紙を書きたいんだけど、私ってほら、忘れっぽいから。宛先が分からないと、ね。」

手紙の空白には、恐るべき精巧さでキャサリンの似顔絵が描かれている…。

【電池】の学徒巫女、プロトメタリカの慟哭。

「ワ、ワカリマセン…。
 その有…なんとか電池、わからないんです…。
 おかしいな、私の中に、全部ある筈なのに…。
 か、可能性としてはですね。異界智の中でも…最先端の技術だった、あるいは、
 「故郷」においてさえ、それは「未知」…だったのかも。

 そ、それが何なのかわかったら、ぜったい教えてくださいね~!」

【考古学と探偵作法】の学徒巫女、学院長代理シドニア・シュリーマの推理。

「今ここに「古きもの」として実在する以上、それを「未知」として扱うことは間違っている。
 であれば、疑うべきなのは「収録時期」だろう。私たちが受け取るアイエンティの叡智、
 その最終アップデート日を疑うべきだ。

 メタリカの脳裏にその情報が無かったのなら、その技術が「普遍的なものではなかった」ということは明らかだ。
 ならば、君の言う星間移植器…「その実現のために完成した技術」なのだとしたら、どうだ?
 星の外側に救いを見出すような者たちに、果たして「猶予」はあったのか、という問題だが。
 仮にその発明が「間一髪」の出来事だったのだとすれば…答えがあるのは、恐らく君の中だろう、キャサリン。

 それは何故か? では再び尋ねよう、君は「トロイの木馬」を知っているか?
 いいや、知らない筈だ。既に一度、私は君にそれを尋ねている。
 「叙事詩アエネーイスと、それに登場するスパイウェアの名前を知っているか」という風にね。
 君の答えは「あやふやなイエス」だったが…自らの優秀さを過度に誇りたがる君の性格を考えれば、その返答は「歴然としたノー」を物語っている。

 そして…これから君に対して行う糾弾の内容は、私が「学院長代理」として調査しなければ分からなかったことだ。
 全くいつの間にこのような「改竄」を施したのかは知らないが、学徒巫女にとって最も重要な「学名」を偽るというのは、感心しないね。
 では一応、我が流儀に則って「このようにして」…指をつきつけさせていただこう。

 ―――犯人は君だ。

 キャサリン・"トライフォース"。」

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【トライフォース計画】の学徒巫女、キャサリン・トライフォースの独白に続く。