■ザヴィアーの狂信者 - 02「その流星に恋をした」

 

都市国家群として知られるアイエンティにおいて、最も価値が高いとされたもの、
それは、宝石よりも、金よりも、食料や水よりも、知恵だった。

当然だ。彼らは永遠に続く冬の住人である。

寒波から身を護る必要があった。
食料を長期的に保存する必要があった。
生活圏から氷雪を取り除く必要があった。

それら全てを為さしめるものこそ、知恵。
つまりは「革命的な前例」である。

そういった意味で、
デウス・エクス・マキナの采配は的確だった。

アイエンティはその頭上に、七色に輝く光帯を持つ。
アカシアのオーロラ、あるいは「知識のるつぼ」とも呼ばれるこの現象こそ、
人々にとって必要不可欠な「前例」を授けるものとして知られていた。

産まれながらに、熱を逃がしにくい部屋の構造を知っているものがいた。
産まれながらに、保温に適した建材の加工方法を知っているものがいた。
産まれながらに、寒冷地でも問題なく栽培できる穀物を知っているものがいた。
産まれながらに、穀物を原材料にした蒸留酒の製法を知っているものがいた。

まるで、「そうあれ」と言われたようにして、
アイエンティは、北の極寒において発展した。

その速度は、エスティアやディエクスの比ではなかった。

王国と三国を繋ぐ交易路を確立した「最初の貿易商」も、
アイエンティの出身者だったと云われている。

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ヴィルヘルム・ユミル。
北方アイエンティの歴史に残る、最初の統治者の名前である。

ヴィルヘルムが生まれた時代、人々は未だ、基礎的な発展の途上にあった。
あえて「再現度」―――という言葉を使うなら、それは「地球」の50%にも満たなかった時代だ。

その夜のことを、彼は今でも覚えている。
担ぎ上げたものは「望遠鏡」だった。

家を飛び出して雪道を駆けた。
仰ぎ見た夜空の向こうに、輝く一筋の光がある。

今では「学徒巫女(オラクル)」と呼ばれている存在だが、
それを発見する術に乏しかった当時、
アイエンティに愛された者たちは、ただ「知者」と呼ばれていた。

富める家に生まれたヴィルヘルムに「天文学」なる異界の知を教えたのは、
早逝した、彼の母親であった。

彼が教わった、数々の天体や星座。
それらは、アイエンティの頭上に輝くものとは全く異なるものばかりだったが、
しかし彼はそれを、まるで御伽噺のように聞き入り、星の海に夢を膨らませていた。

ゆえに、その夜に降り注いだ流星は、
彼の心をわし掴みにして離さず、その後の一生を決定させるだけの浪漫を有していたのだろう。

星は、アイエンティのさらに北、人の住まわぬ地に「降りた」。
まるで、人がいないことを確認して、そこを選んだように、だ。

ヴィルヘルムはその様子を、小高い丘の上から観測していた。
もちろん、隕石に対してそのような行いは浅慮である。
隕石が彼を気遣い、激突の衝撃を何らかの方法で軽減していなければ、
彼は―――というよりも、北方の全領域が、壊滅的な被害を受けていたことだろう。

ともかく、ふわり、と。
星はゆるやかに降りたのだ。

駆け寄ったヴィルヘルムは、そこで己の運命と邂逅する。

―――少女だ。可憐な。
あるいは、彼の母親に少し似た。

砕けた隕石の内核に、溶けるようにして横たわる、
少女の姿が、ヴィルヘルムの眼に焼き付いた。

この出会いは、彼を「永遠の少年」足らしめるに十分なものだった。
御伽噺が向こうから、自らの足元に転がってきたのだ。

喉がカラカラになって、胸の鼓動がまったく止まらない。
ありていに言えば恋をした。

「それ」が真実何であるか―――など、その時点では頭をよぎりもしなかった。

非常に薄っぺらく、
それでいて青臭く、
だからこそ永遠の、

恋をしたのだ。