■ザヴィアーの狂信者 - 05「そして良き百年を」

 

「…ええ、かの名高き学士、ミルミル様に協力して頂けるというのは、
 ええ、まぁ、そうですわね。王国にとっては利益でしょう。ですが…、」

朗らかな陽光の如き雰囲気を持つ、聖女の表情は笑顔のまま、
しかし、僅かばかりの戸惑いを浮かべている。

「…この戦争の後に、学院を無事に残すという保証はありませんよ?
 連合軍の学徒巫女は、我々にとっても脅威なのですから。
 それでも、王国の傘下に加わるのですか? ええと…ミルミル様。」

「ソーナノ。ボク オウサマ キニナルノ。」

応接室からはみ出さんばかりの巨躯で右手を掲げ、
ミルミルは元気よく答えた。

「ミルミルはね~、ルーセントくんとお友達になりたいんだって。
 ほっとけないって言うからさ、わざわざアイエンティの地の底からここまで来ちゃったよ。」

巨影の肩にだらしなく乗りながら、同じく右手をひらひらとさせる少女。
学徒巫女、ザヴィアー・ゼノプレーグもまた、王国の傘下に加わるという。

あまりにも奇妙なこの来客に、当初は学院との内通を疑っていた聖女アンジェラだったが、
今となっては、その懸念も馬鹿馬鹿しいと感じるほどに緊張を解いていた。

「…まぁ、いいでしょう。我が王の御威光が、あまねく地の底までも、お照らしになったということ。
 歓迎いたしますわ。アイエンティのお二方。
 と、言いましても、わたくしたちが期待するのは、主に戦働きですけれどもね。」

薄長く蛇のような眼光が、アンジェラの瞳にほの見える。
しかし、その冷え切った殺意も、ザヴィアーとミルミルにはまるで届かない。

「コレデ オウサマ トモダチ。
 ヨカッタネ。ザビア。」

「ねー、ミルミル~。」

二人はどこまでも気楽な様子で、次には王都の観光名所などを尋ねるばかりだった。

アンジェラは笑顔を作りながらも、内心で舌を打つ。

―――今や死体に埋め尽くされた、この廃都の何を見て回ろうと言うのか。
まったく不気味で底知れぬ、"つがい"の怪物めが。

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二人には王宮の小さな客室が与えられた…が、
次の日には、その内装はまるで「学院の書斎」の如くに変貌していた。

一方で、ルーセント王はこの二者を気に入り、
時には夜を通して、二人の提供する遊戯に耽ることもあった。

やがて、彼らの役割は「王の慰め役」として、
教団内でも認知されるに至る。

そのことを知って滝のような汗をかいたのは、
自らの素性を隠し、教団員として活動していたキャサリンだ。

「―――学院長、ザヴィアーちゃん!? なんで!?
 私が教団に潜伏しているのがバレた…? 連れ帰りに来たのか…? 冗談じゃねぇ…!」

キャサリンにとっては知る由もないことだが―――、
いや、正確には知る由はあったのだが、彼女の母親が説明を怠ったため、彼女はそれを知らない。

即ち、キャサリンの母親もまた、優秀な学徒巫女であった。
いや、優秀という形容では足りないだろう。
キャサリンの母親は天才だった。それも「百年に一度」の。

ヴィルヘルム・ユミルの末期の願いを聞き届け、成就させた学徒巫女。
アイリス・イーリアスこそ、キャサリンの母親だった。

「なるほどね。キャサリンのやろうとしてることが分かったよ。
 …お母さんにそっくりだな、あの子は。」

『アイリス 心配シテル キャサリン 連レテ帰ラナイト。
 ダイジョブ?』

「…大丈夫じゃないね、これは。
 だが面白い。セッション的には盛り上がる。
 キャサリンの能力も足りてるし。
 ダイスの目が期待値通りなら、うまくいくんじゃないかな。」

『ソユトキ ダイタイ 「大失敗(ファンブル)」 スル。』

「そこであたかも運命を装って上手くいかせるのが、やり手のゲームマスターだろ?
 神はサイコロを振らないのさ。」

悪戯っぽく笑うザヴィアーの手の中で、
三色のダイスが軽快に音をたてる。

―――水底の百年に続く物語は、
底抜けに愉快な百年であるべきだ、とでも言うように。

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やがて「学院長ミルミルが王国に寝返った」という報せが連合軍に届く。
軍師ドロシーは、湧き上がる怒りと呆れを抑えながら、連合軍の議会にこう報告した。

「学院には昔から、ザヴィアーちゃん、ていう…
 なんかこう、学院長を意のままに操る、魔物、がいまして。
 それにマインドコントロール的なものを受けて、狂信者的な状態になってしまった、と。
 そういうワケだと推測されますので。
 学院や、他の学徒巫女たちに叛意があるワケではない、ということをですね、理解していただきたい、と。」

こうして、学院長ミルミルは、人類の仇敵である「王の後見人」の一人として、
連合軍に認知されることになった。

王の剣、王の盾、王の弓と立ち並ぶ、「王の友」。
その名は「ザヴィアーの狂信者」である。

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「ザヴィアーの狂信者」ヴィルヘルム・ユミル - end