「…ええ、かの名高き学士、ミルミル様に協力して頂けるというのは、
ええ、まぁ、そうですわね。王国にとっては利益でしょう。ですが…、」
朗らかな陽光の如き雰囲気を持つ、聖女の表情は笑顔のまま、
しかし、僅かばかりの戸惑いを浮かべている。
「…この戦争の後に、学院を無事に残すという保証はありませんよ?
連合軍の学徒巫女は、我々にとっても脅威なのですから。
それでも、王国の傘下に加わるのですか? ええと…ミルミル様。」
「ソーナノ。ボク オウサマ キニナルノ。」
応接室からはみ出さんばかりの巨躯で右手を掲げ、
ミルミルは元気よく答えた。
「ミルミルはね~、ルーセントくんとお友達になりたいんだって。
ほっとけないって言うからさ、わざわざアイエンティの地の底からここまで来ちゃったよ。」
巨影の肩にだらしなく乗りながら、同じく右手をひらひらとさせる少女。
学徒巫女、ザヴィアー・ゼノプレーグもまた、王国の傘下に加わるという。
あまりにも奇妙なこの来客に、当初は学院との内通を疑っていた聖女アンジェラだったが、
今となっては、その懸念も馬鹿馬鹿しいと感じるほどに緊張を解いていた。
「…まぁ、いいでしょう。我が王の御威光が、あまねく地の底までも、お照らしになったということ。
歓迎いたしますわ。アイエンティのお二方。
と、言いましても、わたくしたちが期待するのは、主に戦働きですけれどもね。」
薄長く蛇のような眼光が、アンジェラの瞳にほの見える。
しかし、その冷え切った殺意も、ザヴィアーとミルミルにはまるで届かない。
「コレデ オウサマ トモダチ。
ヨカッタネ。ザビア。」
「ねー、ミルミル~。」
二人はどこまでも気楽な様子で、次には王都の観光名所などを尋ねるばかりだった。
アンジェラは笑顔を作りながらも、内心で舌を打つ。
―――今や死体に埋め尽くされた、この廃都の何を見て回ろうと言うのか。
まったく不気味で底知れぬ、"つがい"の怪物めが。
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二人には王宮の小さな客室が与えられた…が、
次の日には、その内装はまるで「学院の書斎」の如くに変貌していた。
一方で、ルーセント王はこの二者を気に入り、
時には夜を通して、二人の提供する遊戯に耽ることもあった。
やがて、彼らの役割は「王の慰め役」として、
教団内でも認知されるに至る。
そのことを知って滝のような汗をかいたのは、
自らの素性を隠し、教団員として活動していたキャサリンだ。
「―――学院長、ザヴィアーちゃん!? なんで!?
私が教団に潜伏しているのがバレた…? 連れ帰りに来たのか…? 冗談じゃねぇ…!」
キャサリンにとっては知る由もないことだが―――、
いや、正確には知る由はあったのだが、彼女の母親が説明を怠ったため、彼女はそれを知らない。
即ち、キャサリンの母親もまた、優秀な学徒巫女であった。
いや、優秀という形容では足りないだろう。
キャサリンの母親は天才だった。それも「百年に一度」の。
ヴィルヘルム・ユミルの末期の願いを聞き届け、成就させた学徒巫女。
アイリス・イーリアスこそ、キャサリンの母親だった。
「なるほどね。キャサリンのやろうとしてることが分かったよ。
…お母さんにそっくりだな、あの子は。」
『アイリス 心配シテル キャサリン 連レテ帰ラナイト。
ダイジョブ?』
「…大丈夫じゃないね、これは。
だが面白い。セッション的には盛り上がる。
キャサリンの能力も足りてるし。
ダイスの目が期待値通りなら、うまくいくんじゃないかな。」
『ソユトキ ダイタイ 「大失敗(ファンブル)」 スル。』
「そこであたかも運命を装って上手くいかせるのが、やり手のゲームマスターだろ?
神はサイコロを振らないのさ。」
悪戯っぽく笑うザヴィアーの手の中で、
三色のダイスが軽快に音をたてる。
―――水底の百年に続く物語は、
底抜けに愉快な百年であるべきだ、とでも言うように。
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やがて「学院長ミルミルが王国に寝返った」という報せが連合軍に届く。
軍師ドロシーは、湧き上がる怒りと呆れを抑えながら、連合軍の議会にこう報告した。
「学院には昔から、ザヴィアーちゃん、ていう…
なんかこう、学院長を意のままに操る、魔物、がいまして。
それにマインドコントロール的なものを受けて、狂信者的な状態になってしまった、と。
そういうワケだと推測されますので。
学院や、他の学徒巫女たちに叛意があるワケではない、ということをですね、理解していただきたい、と。」
こうして、学院長ミルミルは、人類の仇敵である「王の後見人」の一人として、
連合軍に認知されることになった。
王の剣、王の盾、王の弓と立ち並ぶ、「王の友」。
その名は「ザヴィアーの狂信者」である。
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「ザヴィアーの狂信者」ヴィルヘルム・ユミル - end