■ロムウェル - 06「エドワード・ホーエンツォレルン」

 

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父さんと母さん、そして叔父さんと、おじい様は。
きっと、僕を怖がっていたのだと思う。

肌をさらして、宝石を身に着け、くちびるにルージュを引く。
そうしていた母さんは、父さんや叔父さんから愛されていたし、
僕もそうすれば、きっと愛してもらえるのだろうと思っていた。

僕にとって、母さんと違う姿でいることは、
持ち上げた石の裏に這い回る蟲を数えることと同じだった。
だけどその考えは父さんにとっても、蟲を数えることと同じだったのだろう。

僕は自分のことを、不幸だと思ったことはなかった。
家族は僕に、痛みを与えてくれるし、それは無関心でいられることよりも、ずっと幸せなことだと理解していた。

でも僕は、我が儘だったから。欲深だったから。
父さんや母さんが、僕に楽しさや嬉しさまでもくれるようになったら。
そして、僕が二人に対して、喜びさえあげられるようになったら。
それは今よりもっと幸せだ、と、そう思っていた。

それでも結局のところ、みんなが僕に対して思っていたことは、
「蟲を数えること」と同じだったらしい。
僕はどうやら、綺麗でいることや、淑やかでいることとは、無縁であるべきらしかった。

僕の腕を、まるで木の枝のように折ったおじい様は泣きながら言っていた。
頼むから、まともになってくれ、と。
例えばそれは、朝の澄んだ空気のように、だろうか。
静かな夜の、森のざわめきのように、だろうか。

僕には、みんなの言う「まとも」が分からなかった。

だから僕はとても嬉しかった。
父さんも母さんも、そしておじい様も。
みんなが笑って食卓を囲んでいることが、とても嬉しかった。

そうして、家族みんなを繋いでくれた人。
姉さんは、僕にとっての太陽だった。

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僕がまるで、少女のようであることに対して、
最も怒っていたはずの叔父さんが、

僕をまるで、少女のように扱ったあの夜に。
姉さんはそれを見ていた。

部屋の隅で息を殺し、叔父さんに気づかれないようにしながら、
姉さんは、視線で僕に尋ねていた。

「…楽しい?」

僕は痛みに焼かれながら、それでも「幸せだ」と答えた。

姉さんが家にやってきて、僕の姉さんになってから、
僕たち家族はひとつになった。

父さんや母さんは、僕の顔を打つことはしなくなったし、
おじい様が、僕に「変われ」と言うこともなくなった。
叔父さんは僕に愛を注いでくれるようになった。

幸せだよ、姉さん。
僕の人生で最も暗く、最も惨めな季節は、もう終わったんだ。

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叔父さんが亡くなった時、僕はその遺体にしがみついて泣いた。
家族でたった一人、僕が僕であることを望み、求めてくれた人と、
もう会えないという事実が、心底から胸を締め上げた。

まったく表情を変えない姉さんを見て、その強さに憧れもした。

叔父さんは、屋敷の裏に埋葬されるという。
暗く湿った土の下で、永遠に眠るというのだ。

僕は姉さんに尋ねた。
そんな悲しいことがあっていいものか、と。

姉さんは笑って答えた。

「エディ、叔父さんはあなたを愛して、自由にしていたのだから。
 あなただって、叔父さんを愛して、自由にしていいのよ。」

愛は、僕にとって渇望するだけのものだったけれど、
今では、この手の中にそれがあると、姉さんは言う。

胸が高鳴った。

でも僕はね。
貴女のことだって同じように愛しているよ。
姉さん。

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ある夜、僕は叔父さんの墓地を掘り起こして、彼と再会した。
死は人から皮膚を奪い、血肉を奪い、そして熱を奪うもの。
だけれど、触れてみれば確かに、それは未だ、叔父さんの骨格だった。

僕は叔父さんを持ち帰り、
それで―――、そう、どのようにして、彼を永遠に保存しようか、ということを悩んだ。

姉さんは、どう思いますか?

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やがて、祖父が亡くなった。

血にまつわる病に罹患したということだった。
冷たくなった祖父の腕は、とても僕の腕を折るだけの力があったものとは思えなかった。

軽く、細く、白く。

僕の脳裏を埋め尽くしていたものは、
家族の誰も、孤独にしてはいけない、という思い。

だから、そう、僕は、今度こそ。
それが皮膚や血肉を奪う前に、まだ暖かいうちに。
それを永遠に留めようとして、造った。

祖父の骨は柔らかく、
重さに耐えられるものではなかったので、
組み上げ、そうして、

そうだ。
叔父さんの横に、
並べてあげられるようなものになるべきだと。
そう思い、

姉さんは、どう思いますか?

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「エドワード。本当にごめんなさい。
 どうしてあの時、あなたをあの悪魔から守ってあげられなかったのか。
 それを今でも後悔しています。
 それでもあなたがこうして、大人になってくれたことは奇跡よ。
 あなたはホーエンツォレルンの跡取りとして、立派に育ってくれた。
 あなたを弱く産んでしまったお母さんを、どうか許して。」

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「…お前が作った、あの人形を見た時。
 それまでお前に対して、考えていたことのほとんどが、
 何か、こう…。見当違いなものだと思ったんだ。
 エドワード、お前は…天才だ、きっと。何か。
 とても大いなるものを授かっている。

 あれは俺の兄だったが、死んで当然の男だったと思う。
 お前があれの死体に泣きついているのを見た時、
 なんて慈悲深い子なんだ、と思った。
 そして、お前のことを本当に理解したんだ。
 
 エドワード…すまなかった。愛しているよ。」

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「エドワード…お前は男だ。
 この家の跡取りなんだ。
 裁縫針ではなく、斧を持ちなさい。
 この森を愛し、この森から益を授かるのだ。
 私の父も、そして我が息子たちも、お前も。
 みな、この森で生まれ、この森で死んでいくのだから。」

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「姉さん…姉さんはどう思う?
 僕は、どうあるべきだと思う?

 おじい様も、母様も、父様も、みんな死んでしまった。
 僕はこれからどうしたらいい?
 どうやって、この森で生きていけばいい?

 一緒に考えよう、姉さん。
 ラウラ姉さん、みんなで一緒に…。」

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姉さんがいてくれたから、僕は、僕の中にいる「私」を忘れることができた。
姉さんがいてくれたから、僕は、僕の頭を駆け巡る「それら」を正しく活かすことができた。

そして、姉さんがいてくれたから、
僕は、家族のみんなと永遠に一緒にいることができる。

ラウラ姉さん。

貴女を形作る最期のひとつに、僕の目玉をあげよう。
そうして姉さん、あなたの硝子の瞳を、僕が受け取ろう。

これで僕たちは繋がる。姉さんと繋がった、みんなと同じように。
僕は父様と、母様と、叔父さんと、そしておじい様と、この森と。
ひとつになるんだ。

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『エドワード。私の可愛い妹(おとうと)。

 あなたはホーエンツォレルン家の主。
 あなたはもう何も忘れなくていいの。恐れなくていいの。
 務めを果たして、エドワード。

 あなたはこの領地を守り、森を守り、そして民を導くのよ。
 あなたの感性のままに、あなたの思うことをするの。
 それはきっと、美しいわ。私を造った、あなただもの。
 そして美しいことは、正しいわ。
 
 幸せな私たちの姿は、とても美しいのだから。

 私に新しい名前をくれた、
 あなたに新しい名前をあげましょう。

 あなたはこの森に咲く花よ、"フロール"…。』

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ロムウェル・アイゼンシュタイン卿。

このような形で連絡を取る無礼を許してほしい。
私はジョルジュ・ホーエンツォレルン。
大渓谷の第四層に領地を持つ、ホーエンツォレルン家の領主だ。

我が領土が、ザントファルツから敵視されていることは知っている。
かつて我が父は、ザントファルツとの取引を嫌い、その使者に残酷な仕打ちを与えたと聞いている。
今さら、その関係を修繕しようと思ったわけではない。
この手紙はザントファルツではなく、貴君個人に向けられたものであることを、まず理解していただきたい。

さて、この度わたしは、貴君が手広く買い集めているという「少女たち」についての噂を聞いた。
それに関して、私から提供できる情報がある。それは…私の息子、エドワードのことだ。
エドワードは、少し内向的なところのある子で…いや、それよりも、自分が男であることを、どうにも認めたがらない子だった。
そういう病がある、という話は知っていたが、私は、自分の息子であり、未来の領主であるエドワードが、そのように卑劣な病理に犯されているという事実を、信じられなかった。

だが、貴君と、かの「少女たち」にまつわる噂を聞いた時、私は確信した。
エドワードは、タイドから何か「大いなるもの」を授かって産まれたのだ。
エドワードは恐らく、タイドの恩寵によって「少女」でなければならなかった子なのだ。

エドワードは…ディエクスの生まれではない。
妻の安産を願うために赴いた、アイエンティの都市で産まれた子だ。
美しいオーロラの下で産まれた子なのだ。

エドワードは手先が器用だ。その点は、ディエクス人らしいと言っていい。
だがあの子はその器用さを…何か、とても不気味で、邪悪な創作に、役立てている。
産まれてから今まで、あの子の教育に悪い影響を与えるようなものは、何も与えてこなかった、と思う。
だからあの子は「自分の内側」から、何かそういったものを創造しようとしている、のだと思う。

エドワードは、貴君の蒐集する「少女たち」と同じものであるとは考えられないだろうか?
異界の智慧を持って生まれ、それをディエクスの技巧で再現しようとしているのでは?

私は、あの子が恐ろしい。
あの子は叔父と…そして祖父を…「調度品(インテリア)」に変えてしまった。
その死後、彼らの骸を加工し、飾り立て、そして―――。

かつてあの「人形」を見せられた時、私はエドワードの才能を賛美した。
だが今や、言葉を話し、林業を営む人形を、あの「人形たち」を見て、
同じようには考えられない。

私は恐ろしい。

私や妻も死後、きっと「あれ」に変えられる。
ロムウェル卿、もしも貴君がこの話を信じてくださるなら、
いつでも構いません。我が領へいらしてください。

私はなにも、たった一人の不出来な息子を競売にかけようというのではありません。

私と妻の「死後」を…。

「尊厳」を守るために「助けて欲しい」と嘆願しているのです。