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「いいか? クソ坊主。これは誰にも言っちゃダメだぞ。
おめーの兄ちゃんのルーセントにも、聖女サマにもだぞ。
…クソ坊主、私はな、死にたくないんだ、まだ。
あと100年は生きたい。
青春の20年、繁栄を味わう40年、ほんで安らかな老後の40年だ。
生後24ヶ月のベイビーであるおめーには体感しにくいだろうが、ヒトの一生は、短い。赤ん坊から15歳まで生きてきて、やっと分かったのは"時間が足りない"ってことだけだ。 ウクレレで食っていけるようになるまで何年かかるか分からないし、売れる小説のアイデアもあるし、漫画家としてザントファルツで一山当てる算段もある。
恋愛は…しなくてもいいけど、子供は欲しいし、孫も欲しい。できれば曾孫の顔も見たい。ほれ、もう全然時間が足りないだろ? だからこんなところで「事故死」なんかしてられないんだ。
―――「みんな」がこれから、おめーにやらせようとしていることは。
おめーの手に押し付けようとしていることは。
そういう風に思っているヒトを殺すことなんだ。…まあ、半分はもう死んじゃったけどな。その残りを、全部殺すことなんだって、分かっとかなきゃダメだぞ、クソ坊主。」
それを望むのなら「するな」と言えばいいものを。
彼女は、僕の頭に掌を乗せ、ぐしぐしと擦るだけだった。
それから彼女は、少しだけ眼を細め、心音を潜め、冷ややかなようで、哀れむような。
そんな視線を僕に向け、言葉を足した。
「おめーの運用計画と、始祖惑星の再現計画について知った時、心底から「アホくせえ」と思ったよ。このか弱き乙女であり、優しく慎ましい私の心にさえ、しっかり、はっきりと沸いてきたよ。 必ずブッ壊してやる…って気持ちがさ。
遠い昔のヒトはさぁ、きっと良かれと思って、この宮殿を造ったんだろうよ。
ヒトの未来? そういうモノのために。
でも、複製された存在である私たちに「自我」が残っているのは、何でだろうって考えるとさ。
私たちに「選択肢」を用意したかったのかな、とも思うんだよ。
もう死んじゃった彼らと私たちは、実現を望む側と、阻止を願う側。
1対1の敵同士の筈なのにさ。よほど有利な筈のそいつらは、私たちに自我を与え、ジャンケンの手を待ってるワケ。
なんかスポーツマンシップ? だよね。「試合」とか「ゲーム」をしようとしてるのかなって、そう思った。
本当のコト言うと、この世界を救うのって、ちょー簡単なんだわ。
まずアンジェラ姐さんを殺す、次にルーセントを殺す。
アンタの自我を消して、それが復元される前に移植器に繋ぐ。
あんたをマスターユニット化して、アクセス権を掌握したら、第四、第五タイドの複製、そんで自壊機能を起動して、終わり。
…でもそれってさ、なんてか、なんてかな。」
『…スポーツマンシップ?』
「それだクソ坊主。
そう、昔のヒトが私たちに残した「心」を使ってやることじゃあないんだ。
だから私は、もっとインクレティブルで、クリエイティブな方法で、世界を救おうと思うワケ。おい、クソ坊主。約束覚えてっか? 誰にも言うなよ?」
『…言わないよ、キャサリン。』
「星の命運を決める「権利者」の選別なんて、出来るわきゃねーんだ。
だから一番クレバーな奴が、掠め取っちゃっていいんだよ。
みんなそれを理解してない。バカ正直に、この宮殿の主になることが「その権利」を手に入れることだと思ってる。
死んだらヒトは「星」になるんだって。
夜の空にキラキラ見えるアレだよ。
遠い昔のヒトも、変容で死んだ私たちも、全部あの夜空に居るってんならさ。
みんなに見えるように、滅茶苦茶ハデに。
これまでのあらゆる悲劇が…それでも笑えるような「オチ」にしてやろうと思ったワケ。
だから私は「移植器本来の機能」を使って、それをやるつもりなんだ。
…面白いだろ?」
前のめりに即答しかけて、俯瞰的な自我がそれを抑制する。
口元に手を当てたのは、言葉を封じるためではなく、笑み曲がった唇に蓋をするためだ。
「…それを想像して笑えるなら、私からおめーに言うことは、もう無いんだな、これが。その時まで好き勝手に遊んでなよ、クソ坊主。私が勝ったら、きっとおめーも笑かしてやるぜ。ありがたがれ。」
彼女は得意げに、自信あり気に、それでいて悪戯っぽく笑い、
もう一度、僕の髪に手を置いて、それを掻きまわした。
彼女は「教皇」に与えられる法衣を身に纏い、そのブーツの底のお陰で、かろうじて僕の身長を上回っている。
彼女が僕に対してこんなに軽い口を叩くのも、悪態をつくのも、高圧的に立ち振る舞うのも。
全ては、僕の外見が幼いからに他ならない。
それくらいに、彼女は「子供(ガキ)」だった。
その目算は、そもそもからして取っ散らかっていたし、
「それ」が実現可能な方法だとして、その前に立ちはだかる幾つもの問題を、彼女はどうやって解決するつもりなのだろう?
だが、
だけど、
彼女とよく似た言葉を使うなら、あの「イキリ顔」を思い出す度に、
胸がくすぐられて、口角が上がる。
僕自身の存在理由に照らし合わせるならば。
それは決して許されることではない、だけど。
そうであったらいいのに、と。
俯瞰的視野ではない、僕の心の奥底が、それを望んでいるようだった。
そこで初めて、関心を得た。
この小さな惑星の、小さなプレートの上で呼吸を続ける、ちっぽけな生命の群れ。
「ヒト」を自称するクローンたちの中に、彼女のような者が産まれるなら。
"面白い"。
だから、
"居ていい"。
―――傲慢なる神の視点から、僕はそう結論した。